ナギとナツとクロ

 動物の写真が撮りたいですとナギちゃんは言った。本当に動物が撮りたいだけなのか、それとも動物園に行きたいゆえの口実なのか。


 それとも、僕との思い出つくり、か。


「猿山を見ると、なぜか優越感という言葉が出てきますね」


 嫌な小学生女子だ。


「または、民衆」


「ナギちゃんがなにかの悪影響を受けている!?


「クロさんだって、働き蟻を見て優越感に浸るでしょう?」


「ないよ!? ていうか、ナギちゃんの僕に対するキャラクターの認識は間違っている気がしてならない!」


「目の前にきわどい女性がいたら、視姦してしまうんでしょう?」


「それは――いや、ない!」


「……わたしにはその言葉が本当であることを願うことしかできません」


 そういってカメラを構えるナギちゃん。いや、願うまでもなく事実だ――よ。


「いや、ナギちゃん、小学生じゃなくても女の子が、視姦なんてていう言葉を使うもんじゃないよ」


「ていうかわたし、意味は知らないんですけど」


「え?」


「なんか、やらしい単語なのでしょう?」


 それも、深夜の番組、か。


 なんだろう、もう、ナギちゃんの部屋からテレビ没収しちゃおうかな。


「ト、トラ! トラですよクロさん!」


「虎だねぇ」


 虎が好きなのか。いや、ここらへんのコーナー全部こんな感じだな。猫科の動物が好きなのかな。


「ゾウでっ――ゾウですよクロさん!」


「う、うん」


 あ、なんでもいいのかな?


 ナギちゃんはそこからしばらく、ゾウの写真ばかり撮っていた。


「ゾウが好きなの?」


「撮り応えがありますね! 小さいものを撮るよりは!」


 まあ、性能のいいカメラならともかくレトロなポロライドカメラだしね。小さいものを写すには向いてないのだろう。まあ、知識がないのでよくはわからないが。


 通りすがりの人に、「すいません、僕とこの子とゾウで、写真撮ってもらってもいいですか?」などと頼んでみる。


「ふぁっ!? ちょっと、待ってください! 身だしなみがっ!」


「大丈夫だから。お願いします」


 こういう思い出も、必要だろう。


 いや、本当なら、こういう写真は残しておくべきではないのかもしれない。ナギちゃんは、父親のもとの帰るのだから。


 僕たちは動物園を楽しんだ。ナギちゃんはいつもと違うテンションで。それは、僕も同じで。


 僕もナギちゃんも、寂しいから。


 その晩、ナツからの電話があった。

 

 


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