朝ごはんに出てこないナギちゃんを呼びに行き、そこでナギちゃんがいなくなっていることに気づく。ナツに聞いてもなにも聞いていないようだ。
「遊びに行ったのか?」
「いや。ナギちゃんは僕になにも言わずに出かけたりしないよ」
これは、意図的に黙って外出している可能性がある。もしかしたら家の中に隠れている可能性もあるため、ナツは僕の家の中をもう一度探してから、僕は、すぐに外を見に行った。五年生になる女の子が無断で外に出るくらいでここまで騒ぐことはないと言われるかもしれないが、今日は、ナツと一緒に飛行機に乗る予定なのだ。ナギちゃんのことなので、粋なサプライズでも企んでいるのかもしれない。
「いや、違う」
わかる。ナギちゃんは、『帰りたくない』のだ。いままで素直にいい子をしていたが、急になにか爆発したのだろう。そう思うのは、僕の自惚れではないと思う。
そう思えるくらいは、一緒に居たのだから。だから、わかる。
で、問題はどこに行ったのかなのだが……。
「……さっぱりだな」
思い当たる場所が『ありすぎる』のだ。色んな場所で、色んなことをしてきたし。その全部をまわると、一日あっても足りない。まあ、ナギちゃんが昨日の夜僕らが寝てからか朝早くに家を出たと考えても、そんなに遠くへはいけないはずだ。
近場を捜索。
「すいません。ここらへんにカメラを下げたこのくらいの背丈のしっかりしてそうで若干悟ってる感じの女の子見ませんでしたか?」
「え? い、いや、そんな子は見てないけど……」
なかなか見つからない。バスとかに乗られてたら厄介だな。でも、それはないと思う。本気で見つかりたくなくて、逃げたくて家出をしたのなら、そういう可能性もあるだろう。
でも、これは違う。
これは、訴えてるんだ。
だから、見つけてほしいはずなんだ。見つけて、どうにかしてもらいたいはずなんだ。
僕にしか、見つけられない。
警察にも頼まない。ナツに心当たりを教えてなんかやらない。
僕が、見つけないと駄目なんだ。
やがて、ナギちゃんは見つかる。
川の流れる音。堤防の中に入ると、町並みが隠れる場所。
ここは、二人でよく話しをした河川敷だ。よく散歩に来る場所。のどかな空気。ナギちゃんは、カメラを構えていた。
「……なかなかロマンチックですよね、見つけてもらうというのは」
「時間はかかったけどね」
そのあいだ、ずっとここにいたのだろうか。もう、朝と呼べる時間ではなくなっている。
「おとうさんなら、見つけられませんでしたよ。どうせあの人は、警察に連絡して仕事に行くだけですから。いや、それすらしないかもしれませんね。わたしは、『しっかりしてるいい子』ですから。貰ったお金でご飯を買いに行っているか、遊びに出かけてるとしか思わないでしょう。それが今日であっても、いつであっても、同じなんですよ」
「…………」
確かにナツは、そこまで心配という感じではなかった。ちゃんと帰ってくるだろうと言っていたしね。……ナツの認識どおり、ナギちゃんはしっかりしているいい子、だ。でもな、違うんだよ、ナツ。
「……帰るよナギちゃん」
「帰る? それは、クロさんの家のことですか? それとも知らない町の知らない家のことですか?」
「おとうさんのところにだよ」
ナギちゃんはカメラを下ろす。なにかを噛み締めているような顔で、こちらを向く。
いつものしっかりしているナギちゃんの顔ではなく、
必死に訴えている、子供の、顔だ。
「いまさら……おとうさんを父親だなんて思えないですよ!」
ナギちゃんの本音。
「わたしの父親は、クロさんです!」
ナギちゃんの、願望。
「わたしの帰るところはクロさんのところです! 私は……クロさんの娘ですよ!」
ナギちゃんの、思い。
「ナギちゃん――」
「仕事が大事なのは知ってますよ! 知ってますけど……お金なんて、もう沢山持ってるじゃないですか……!」
「ナギちゃん」
「クロさんは、わたしのわがままを聞いてくれますよね? でも、お父さんはお金を渡すだけ……わたしは、忙しいから仕方ないって思うしかないんです。おとうさんが忙しいから、いい子にしてなきゃいけないんです。でも、クロさんは頭を撫でてくれるじゃないですか。一緒に寝てくれるじゃないですか。料理を教えてくれるし、いろんなところに連れていってくれるじゃないですか!」
「ナギちゃん……」
「もう、いい子なんてできません。お父さんの娘なんてできません。そんないい子はもうしたくありません! わがままを言いたいんです! 見てもらいたいんです。お話したいんです! だからわたしは、クロさんの娘です!」
「…………」
僕はナギちゃんに近寄って、
ナギちゃんにでこぴんをかます。
「あたっ! い、痛いですよ!? 地味にダメージ大ですよ!」
額を押さえて涙目になるナギちゃん。
ごめん。でも、言わなきゃいけないから。
「おとうさんのことそんなふうに言ったら、駄目だよ」
「……え?」
僕も、言わないといけないから。
「僕のことを父親のように思ってもらうのは、すごく嬉しいよ。それに、あのときナギちゃんにあってなかったら、僕は立ち直ってなかったかもしれなかったかもしれないし」
「……奥さんと、娘さんのことですか」
「うん」
軽い説明は、してある。家には位牌があるし、そういう話にもなるのだ。
僕の妻は、子供と一緒に死んだ。
僕が、働いているときに。
子供の名前も、まだ決めてなかったのに。
「……わたしは、娘さんの代わりでもいいんです」
「違う」
それは、違う。
「僕はナギちゃんを、カンナさんとの娘の代わりだなんて思ってないよ」
「…………」
「でも、ナギちゃんは僕の娘だったよ」
「……はい」
「それに、ナツの娘でもあるんだ」
「……わたしの父親は、おとうさんです。でも、『育ててもらった』のは、クロさんです」
「うん」
「思い出をくれたのは、クロさんです」
「うん」
「……クロさんが、わたしの『お父さん』なんじゃないんですか?」
「…………」
そうだよ。
ナギちゃんは、僕の娘だ。
僕は父親の友達でも、人のいいおじさんでもない。
ナギちゃんの、お父さんだ。
「ねぇナギちゃん、父親が二人っていうのは、駄目なのかな?」
「……え?」
「ナツと、僕。二人の父親。娘はナギちゃん」
「…………」
「僕の、娘だよ」
「…………」
ナギちゃんは僕の前にきて、抱きついてくる。
「下手くそなお説教ですね。もっと本を読んでください」
「漫画ばっかり読んでたからね」
「おかげで私も、漫画虫になってしまいました」
「漫画虫って……」
「……行きたくないです」
聞くのがつらい声で、そう言うナギちゃん。
「わたしはしっかりしてません。いい子じゃありません……」
「しっかりしてるし、いい子だよ。でも、寂しがり屋なんだよね」
「……行きたくない……」
小さい身体でしがみついてくるナギちゃんの頭を撫でる。
行きたくない。
行かせたくない。
…………。
「ナツは、いままで一人だったんだよ? そばに、居てあげないと」
「……クロさんは?」
「え?」
「クロさんが、一人になっちゃうじゃないですか」
「……僕は、大丈夫だよ。もう大人だから、ね」
「……また来ても、いいですか?」
「もちろん。いつでも待ってるよ」
ナギちゃんは僕から離れる。本当なら、もっとごねてもいいのだろう。でも、ナギちゃんだから。
こういう子、だから。
「一人だから寂しいんじゃないよ。別れるから、寂しいんだ」
「じゃあちゃんと、クロさんからも言っといてください」
「うん?」
「わたしのことを、です」
「……はいはい」
こうして、僕とナギちゃんの親子生活は終わった。
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