ナギとナツとクロ


「……よ、よう」


「……久しぶり、ですね」


 その言葉から、続かない親子。見かけたものを何でも撮っていたナギちゃんだが、いまはカメラすら持っていない。


「えっと……じゃ、邪魔するぜ、クロ」


「あ、ああ」


「どうぞ」


 居間で三人、黙ってしまう。ナツにだけ、ナギちゃんにだけだったら話すことはあるのだが、なかなか難しい状況だ。


「……おとうさん」


「お、おう!」


「明日、なんですよね?」


「……ああ」


「早いですね。まあ、事前に聞いていたので準備は終わってますが」


 ナギちゃんの部屋にある、ダンボール。


 引越し荷物。


「仕事の都合で、な。ついて一週間は、忙しいけどよ。時間は作れるようになるからよ」


「別に大丈夫ですよ。わたしももう、そこまで子供じゃないですから」


「…………」


「…………」


 うわ。なんか聞いてて痛いよそれは。言い方も、とげとげしてるし。


「これから時間を作れるというのなら、どうぞ二人で話していてください」


「あ、ああ」


「部屋にいますので」


 居間から出て行くナギちゃん。ナツは深く溜息。


 僕も、溜息。


 なんだよこの緊張感。


「タバコ、いいか?」


「いいけど、灰皿はないぞ」


「持ってる」


 携帯灰皿とタバコと、高そうなライターを取り出すナツ。僕はタバコは吸わないのだが、それでもなかなかいい香りだと思った。いや、格好つけた、普通にけむい。


「……やっぱり、こんなもんか」


 苦笑しながら煙と一緒に吐き捨てるようにいうナツ。精一杯意地を張って格好つけているようにも見える。


「これから、だろ? 荷物は、後で送ってやるから」


「ああ。それは頼む。しかし、ずっとあんな性格……ってわけじゃねぇんだよな?」


「まあ、ね」


 ナギちゃん、僕といるときは、結構デレデレだからな。


「だよなぁ。俺だから、なんだよなぁ……まぁでも、あんがとな。世話してもらってよ」


「それは、構わないけどね」


 本当に、構わないんだ。


「構わないって……しかし、しっかりした奴だよな」


「……確かに、しっかりしてる子だよ。家事とかもしてくれるしね。だけど、寂しいのは、寂しいんだよ。忘れるなよ」


 弱さを隠すのことを悪いことだとは言わないが、それは、弱さを出せる相手がいないと辛いことなんだから。


 駄目、なんだから。


「ああ。しかし……それ、あいつが持ってた写真で撮ったのか?」


 ナツが指を刺した先には、変なポーズをとっている(とらされている)僕の写真があった。気づかないうちに、壁に貼ってあった。ナツへのあてつけ……じゃないよね?


 ナギちゃん、そういうのやりそう。


「ああ、うん。ポラロイドカメラが欲しいみたいだったから。毎日撮ってるよ。フィルムは一日一本って言っておかなければ、ずっと撮ってるだろうね」


 最近はようやく、自重してくれるようになったけど。それと同時に、自分の撮った写真をいるものといらないものに分けていた。まあ、撮った枚数の四分の三は捨てたみたいだけど。


 いやいや、撮りすぎだから。


 あ、そうか。写真をまとめるファイルとか、持ってないよな。


 買ってあげるか。それが、最後のプレゼントになるのかな……。


 ナツは、ナギちゃんの撮った写真を間近で眺めている。


 僕とナギちゃんと、ゾウが写っている写真を。


「へぇ……カメラなんてものに、興味があったのか」


「カメラじゃなくて、ポラロイドカメラに興味があるって言ってたよ。プリンターが内臓されてるやつ」


「ああ。あのジーっつってすぐに写真が出てくるやつな」


「しかも、レトロな大き目の奴ね」


「……テレビ、かな」


「テレビだろうね」


 またはマンガとかだろう。じゃないと、ポラロイドカメラなんて世代じゃないものな。


「まあ、話は尽きないだろうけどよ、わりぃけど少し寝させてもらってもいいか? 疲れててよ」


「別に、普通に寝ていいよ。僕も、疲れてるし。いま寝たら起きるのは早いだろうしね」


「そうだな。じゃあ」


 娘を二年預かっていたのだ。お互い話は尽きない、はずだろう。


 だけど、僕にはなにを話せばいいのかわからない。


 それは多分、現実感がないからだろう。ナギちゃんがいなくなるという、現実感が。一緒にいることを当たり前だと思っていたから。いなくなることも、知っていたけど、考えていたけど、それだって、知っていただけで、考えていただけだ。


 現実にそんな時がくるなんて、知らなかったし、考えてもいなかった。


 ナギちゃんには、ナツがいる。これからはちゃんと時間を作れるらしい。そばに、いられるらしい。ちゃんと、父親をやれるらしい。


 僕には、誰もいない。


 カンナさんも、僕とカンナさんの娘も、ナギちゃんも、いない。


 別に、ナギちゃんとは今生の別れというわけでもない。でも、僕はきっと、ナギちゃんにとっての父親代わりだったのだ。そのナギちゃんに『本物の父親』が戻ってくるというのなら、僕は……。


「……カンナさん。僕はただ、寂しいんです」


 一人で生きていける人間は、いる。でも僕は、一人で生きていけるような人間なのかな。

 


 翌朝、ナギちゃんが家出した。

 

 


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